男性不妊症の基礎知識
不妊とは
「不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないものをいい、特に男性側に原因があるものを男性不妊といいます。※「一定期間」=「1年というのが一般的である」と 日本産科婦人科学会 では定義されています。
WHOによると原因が男性のみにあるものが24%、男女ともに原因があるものが24%と報告されており、約50%は男性に原因があると言われています。男性不妊は、決して珍しいことではありません。
ところが、リクルートライフスタイルが2018年に行った 「不妊に関する意識調査」 によると、不妊原因の半分は男性側にあることを「知っている」と答えた人は、男性で46.4%、女性で56.7%でした。調査対象になったのは「将来子どもが欲しいと思っている」20~40代の男女です。つまり、妊活に関心がある男女でこの数字だったわけですから、それ以外の男女については、さらに知らない確率は高くなると想像できます。
男性不妊症の原因
男性不妊症の原因は、造精機能障害・性機能障害・精路通過障害の大きく3つに分類されます。造精機能障害
造精機能障害とは、精巣で精子を作る力が低下して、射精した精液中の精子の数や運動が低下している状態で、男性不妊の原因の約80%を占めています。そのうちの半分は原因不明(特発性造精機能障害)で、3〜4割は精索静脈瘤が原因です。すなわち、精液検査で精液中の精子が少ない(精子減少症・乏精子症)、精子の動きが悪い(精子無力症)などの所見がみられた場合、3人に1人くらいは精索静脈瘤が原因であるということになります。
- 精索静脈瘤
陰嚢の上部には、血管や精管(精子の通り道)や、神経、リンパ管が束になっている精索がありますが、その中の静脈が血液の逆流によって拡張した状態になることを言います。
精巣は、体温より2~3℃低い温度環境に保たれることが、精子を作るのに良い環境なのですが、体温と同じ温度の血液が逆流してくることにより、精巣の中の温度が上がったり、内圧が上がったりすることで、精子を作る機能や精子の質が低下することが分かっています。
精索静脈瘤は視触診と超音波検査で診断されます。入浴時など、自分で陰嚢上部を見て、陰嚢の表面が血管で凸凹しているのがわかる場合は、一度泌尿器科で検査を受けることをお勧めします。
下の表は精索静脈瘤のGrade(=重症度)と状態を表しています。Grade3が最も状態が悪く、Grade2以上で手術が勧められます。
精索静脈瘤の重症度 | 状態 |
---|---|
Grade3 | 立位の視診で静脈瘤を確認できる(見ただけで分かる)。 |
Grade2 | 立位の触診で静脈瘤を確認できる(触ったら分かる)。 |
Grade1 | 立位の腹圧負荷時の触診で静脈瘤を確認できる。 |
*出典:射精道-第4章妊活編-第3条-自分の精巣周囲に注意を払うべし(竿よりも玉が大事)
精索静脈瘤がある場合、手術が治療の第1選択となることが多く、手術により約70%の症例で精液所見が改善します。
精索静脈瘤は男性不妊患者の30〜40%に見られ、男性不妊の原因のなかで最も多いと言われていますが、一般男性の15%にも見られます。したがって、静脈瘤があっても健康に問題はなく、不妊にならない人もいます。
性機能障害
性機能障害による不妊の割合は、男性不妊の原因の約15%です。性機能障害には勃起不全(ED)と射精障害(EjD)があり、男性不妊に占めるその割合は近年増加傾向にあります。特に、腟内射精障害が増加しており、問題となっています。
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精路通過障害
精路通過障害とは、精巣で精子が作られているにもかかわらず、何らかの原因で精子の通り道(精路)が閉塞するか生まれつき欠損していて、無精子症や高度乏精子症となる病態です。精路通過障害による閉塞性無精子症では、精路再建(精管精管吻合、精管精巣上体吻合)が可能な場合は手術を実施し、難しい場合は精巣上体精子吸引(PESAまたはMESA)、精巣精子採取術(simple TESE)で、精子を回収します。
精液検査
精液検査は男性不妊治療において最も重要な検査で、精液量、精液1mLあたりの精子濃度、運動率、直進率などを測定します。精液中の精子の状態は射精のたびに大きく変動します。健康な男性が120週間にわたり、毎週精液検査をした精子濃度の結果が報告されていますが、グラフの値は測定ごとに大きく上下し、100倍程度の差も見受けられます。この期間中、男性は投薬を受けたり、発熱したりすることはなかったにもかかわらずです。
*出典:World Health Organisation. WHO laboratory manual for the examination of human semen and sperm-cervical mucus interaction. Cambridge university press, 1999.
「ヒト精液検査と手技」『WHO・ラボマニュアル5版 翻訳』高度生殖医療技術研究所
このことから、一度の精液検査の結果では、とてもその男性の精液の状態を適切に把握することはできない、ということになります。1回の精液検査の結果で一喜一憂せず、できれば3回以上、定期的に精液検査を受け、自分の精子の状態を把握するとよいでしょう。
下の表はWHOによる精液検査の基準値(2021年)と、妻が妊娠した日本人男性の精液所見の中央値を比較したものです。
WHOの基準値 | 妻が妊娠した 日本人男性の中央値 | |
---|---|---|
精液量(mL) | 1.4 | 3.0 |
精子濃度(×百万個/mL) | 16 | 84 |
総精子数(×百万個/射精) | 39 | 239 |
運動率(%) | 42 | 66 | 前進運動率(%)* | 30 |
*前進運動率とは、①前進運動精子(活発に動きまわっている精子)、②非前進運動精子(前進運動を欠いた運動をする精子)、③不動精子のうち、①前進運動精子のみの割合のこと。
この表から、WHOの基準値は、決して標準的な値というわけではなく、「自然妊娠するための最低ライン」に過ぎず、この基準値以下の場合や、基準値を少し超えた程度の精液所見では自然妊娠する可能性はかなり低い、ということが考えられます。
出典:射精道-第4章妊活編-第12条-精液の内容は日替わりで大きく変動するものと心得よ
精液所見(精子の量や質)を改善する方法
残念ながら今現在、精液所見を改善できる薬というのは存在しません。逆に、精巣で精子を作る機能の妨げになっている要因はいくつかわかっているので、まずは負の要因から取り除くのがよいでしょう。
1. 喫煙を避ける
2. サウナや長風呂を避ける
3. 陰嚢をぴったりと体に密着させてしまうような下着を避ける
4. 膝にパソコンを乗せて作業するのを避ける
5. 長時間の自転車走行を避ける
6. 育毛剤、特にフィナステリド(プロペシア)、デュタステリド(ザガーロ)の使用を避ける
出典:射精道-第4章妊活編-第13条-可能な限り負の要素を排除すべし
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男性不妊症の専門医(=泌尿器科医で生殖医療専門医)である今井伸医師が診察から治療・手術までを手がけます。様々な治療オプションから患者さんに最適なプランをご提案します。